令和5年度業界振興論文・奨励賞

 

理容業界は繁栄か衰退か
~17年従事する現役店長の視点~

武田 謙太(愛媛県組合)

 

 今回、このような題材で論文を作成するきっかけになったのは業界で美容室と併設された理容室の店長として従事している中で感じる苦労や幸福感、理容室に足りないもの。また一方で、理容師にしかできない理容業の魅力、未来の理容師たちに送るメッセージとして発信したい。

 1970年代後半までは、理容室の方が、美容院よりも上回っていたものの1978年に理容室は、約143,000軒、美容院は、約147,000軒と完全に逆転したのだ。その後、理容室は1990年代後半から減少に転じて2020年度、ついに約119,000軒まで減少したのだ。

 その要因は美容室を利用する男性客の増加に加え、理容室の9割が個人経営で高齢化や後継者不足による閉店などが挙げられる。

 2019年の『理容業の振興指針』によれば、2015年度調査において、経営者の年齢については、60代の割合が31.1%、70代以上が32.2%とあり、経営者の高齢化が進んでいることが指摘されると同時に理容業界では若年労働力が求められている。そもそも理容師免許の新規免許取得者数が美容師免許取得者数の約15分1しか居ないという現状だ。

 理容師が若者に人気がない理由は、複数見受けられる。例えば、理容師という職業に対するイメージが古く、魅力的でないと感じる若者が多いこと美容師に比べて女性客の割合が少なく、女性に人気のある職業ではないこと、美容師や一般企業と比べて給与水準が低いことが挙げられる。

 まず理容師の年収だが次の通りだ。

 年齢 理容師の平均年収/ 日本の平均年収
 20~24歳 179.2万円/ 263.5万円
 25~29歳 233.5万円 /343.3万円
 30~34歳 269.0万円 /395.5万円
 35~39歳 294.7万円 433.4万円
 40~44歳 317.7万円/ 467.1万円
 45~49歳 335.8万円 /493.8万円

 理容師の平均年収は、日本の企業全体の平均年収と比較すると低いと言えるのだ。30〜34歳の平均年収は269万円で、日本の平均と比較すると153万円ほど低くなると推測される。40〜44歳では317万円の予測だ。この現状では理容師になりたいが年収において不安を感じ他業種へ就職してしまう若者も少なくないのではないだろうか?また、理容師が古臭いと感じられることに関しては理容師は美容師と比べ男性向けの髪型を扱うことが多く、クラシックなスタイルを得意とすることが多い。一方で美容師は最新のトレンドを取り入れたスタイルやパーマやカラーを用いて技術を提供することが多いのだ。

 しかし、理容業界にはビジネスチャンスもある。クラシックなスタイルが昨今'barberスタイル'として若い男性からの支持を得ているのだ。これは理容師の得意とする刈り上げやクリッパー、シザーワークを用いて造るショートスタイルのことで主に10代〜20代の若い世代の男性に影響力のあるSNSや口コミなどを中心に全国的に多くなっているのだ。この流行によって高いクオリティーのシザーワークやクリッパーワークを求めて全国の理容室に若い美意識の高い男性客が来店し始めている。これは若年層の理容師が必要とされていると言える。しかし、ビジネスチャンスがあれば注意しないといけない点もある。それは美容師による'barberスタイル'の提供だ。当初は、プロから見れば理容師と美容師どちらがやっているのか分かるほどの技術差であったが今や美容師もかなりの技術で’barberスタイル’を極めている。では私たちはどこで理容師としての価値をお客様に提供すれば良いのか。

 この’理容師としての価値’というのが筆者が17年間、美容室と併設された理容室で働き、店長として『未来の理容師になりたい若者』へ伝えていきたい。それは、今後の理容師が魅力的に働き、生活を豊かにするものになると信じているからだ。

 筆者が理容学校を卒業した当時、筆者を含めて卒業者は3名。美容師の卒業者は30名。その後2007年に愛媛県新居浜市の理容室と美容室を運営している会社に入社。そして、入社した弊社も美容師が30名以上、理容師は3名。圧倒的に美容師より理容師の数は少ないのだ。2007年入社は理容師1名、美容師3名。技術カリキュラムはアシスタント時代はシャンプー、カラー塗布、ストレート技術、ヘッドスパ。この技術を習得するまでに約2年ほどの期間を必要とする。そこから、カット技術のトレーニングを開始し、オーディション、モデル査定を行い4 〜5年目にスタイリストとしてデビューするのが弊社の通常のプランだ。しかし、理容師は3人しかいなく早期スタイリスト育成が課題であった。そこでスタイリストデビュー優先プランを作成し、2年目までの基礎技術習得と併用でその合間にカット技術もトレーニングするのだ。そうすることで3年目にはスタイリストデビューすることが可能になり通常よりも2年短縮でスタイリストになることができた。

  なり手が少ないことは会社に入っている理容師にとっては有利に働くこともある。技術トレーニングを集中的に見てもらえる環境があるということだ。また、たくさんいる美容師のうちの1人より、少数しかいない理容師1人の方がお客様に入る機会も多いのだ。結果、美容師の同期と比べると2年以上早くカットをさせてもらえるようになり、お客様との関係性やカウンセリング力、カットやカラー、パーマの技術を美容師より早く磨くことができた。このようになり手が少ないからこそ経験や成長ができる機会が早く訪れるのは理容師の魅力の一つとなるだろう。また、冒頭でもあるように理容師の高齢化というものが業界全体のウィークポイントだ。だがウィークポイントはビジネスチャンスと捉えることもできる。若手の理容師が全国的に少ないということだ。お客様は安定したベテラン理容師にカットしてもらうことが価値と捉える場合もあるが流行りのスタイルにしてほしい、同世代の方にカットしてほしいというお客様も絶対数いるはずだ。だが、街の理容室を見るとどうだろうか。若いスタッフが施術をしている店舗がどれだけあるだろうか。少なくとも筆者の働く周りには多くはない。実際筆者がカットデビューしたのが当時22歳の時、近くの高校生や専門学生が新規客として月間30人近くも紹介来店したことがあった。これは、当時の当店新規客平均人数10人程度の3倍にあたる。それほどに理容師における『若さ』というものは技術以外の武器にもなり得るし、求められていると言える。

 理容師のメリットは他にもある。これは経営をしていくと見えてくる材料費である。理容室の平均材料費比率は3〜5%。それに比べ美容室の平均材料費比率は10〜15%だ。

 例えば100万円の売り上げに対し 理容室の場合5%で5万円、美容室の場合15%で15万円となり、その差は10万円にもなる。個人経営者ならこの差が利益となるので当然材料費は少ない方が良いのだ。尚、今回の数値は全国平均値で算出しているため自店舗の材料費で算出してみてほしい。この材料費の差はカラー率やパーマ率、トリートメント率によって変動している。やはり男性より女性の方がカラー率やパーマ率は高い。逆にカットのみのお客様は男性の比率が上がり、結果材料費があまりかからない。

 よって、同じ100万円の売り上げでも材料費により利益が違うのだ。見方を変えるとその材料費の差は自分の収入に変換できると言える。会社となると理容師と美容師で材料費を考慮し、売上手当のリベートの比率を上げることさえ可能である。

 以上のことから、理容師として自分の収入を上げるためにはいかに売上数字を上げ、客数を増やし、少ない材料費で経営をするかによって変わると考える。

 まず売上数字を上げるために大切になるのは客単価と担当人数だ。

  客単価とはお客様1人あたりから頂く技術料金である。日本の理容室の全国平均単価は約2500円。これは10年ほどの間に低料金サロンが増加したことで平均が下がったと考えられるが、これに比べ美容室の男性客の全国平均は約4500円だ。通常高単価サロンと呼ばれる平均単価は約10000〜15000円以上で理容室では平均単価6000円以上が高単価サロンといわれているのだ。これは地方や都心など土地柄によっても変わるが、この数字を上げることが売上を上げることに繋がる。筆者の平均客単価は2023年現在で約7000円である。理容室で7000円の単価は始めは現実的ではなかった。入社当時、上司の平均客単価も5000円の壁があり一度も越えることができていなかった。だが筆者は自身の技術に価値を付けることはもちろん、お客様が帰った後もケアをすることを徹底した。具体的な行動としてはカットなど施術後のアフターフォローがある。カットして帰宅したら終わりではなく、次の来店までの期間がカットの価値だと認識している。来店周期はお客様1人1人違う。なので連絡先を交換して次のカット目安日の1週間前には必ず連絡を入れる。カットの60分が料金ではなく、それを含めた家でのヘアスタイル維持までがカットの料金だという意識はとても大切だ。中には1ヶ月に1度約3万円の技術料金を支払うお客様もいる。お客様に対して理容師側がしっかりと技術を提供するのはもちろんだが、お客様の要望するメニューに価値が無ければ叶わないことだ。

 仮に美容室の男性客平均4500円と比べても1人につき2500円違うと売上数字は変わる。そして担当人数。これは個人により変わるので一概には言えないが1人で経営する場合、月30日で休日を6日取り、1日8時間稼働と考えるとひと月192時間。192時間を技術時間90分として割ると128人の施術が可能になる。

 128人×4500円=576000円
 128人×6000円=768000円
 128人×7000円=896000円

 その差は一例であるが最大で30万円以上にもなる。これは大きい数字ではないだろうか。つまり売り上げを上げるには客単価を上げるのか、客数を上げるのか自分の技量を見極める必要がある。どちらを上げるにしても必要なのは、技術のクオリティーアップと時短トレーニングだ。高い技術力を持ち合わせ、その技術を時間内に提供しないとこのニ翼は成立しない。

 客数を増やすために必要なのはリピート率と来店周期だ。我々の仕事はリピート産業である。お客様にまた行きたいと思ってもらえなければ成立しない仕事だ。リピート率とは各店舗により違いはあるが当店では2ヶ月以内の再来店率のことを指す。そのリピート率は80%以上は取りたいところだ。もっと言えば90%以上あれば安定するだろう。また、来店周期の短縮は人口減少地域にとっては必須の取り組みである。こちらの指標は年間来店回数というもので見えるのだが全国の理容室平均来店回数は4.5回、日数で言えば約80日に1度となる。

 人口減少地域にとって客数を上げるには平均年間来店回数は6回以上、即ち2ヶ月に1度以上来てもらう必要がある。

 材料費を抑えることも収入アップには重要だ。材料費とはカラーやパーマの薬剤、シャンプー類などお客様1人を仕上げるために必要な経費のことである。しかし、この材料費は下げればいいのかというとそうではないのだ。店舗で使っている薬剤を気に入って来店するお客様も多いのだ。ではどうすれば良いのか。方法は二つある。

 一つはシャンプー剤や薬剤の作り過ぎや使い過ぎ、それによって捨て過ぎてしまう。この『過ぎる』を減らすことだ。こちらはただ減らすのではなく企業努力で自分がどの程度過ぎているのかを把握し適正を見つける必要があるがこれを減らすことができればかなりの材料費を削ることができる。

 二つ目は適正価格を設けることだ。材料費が300円のメニューを1000円で売るのか、3000円で売るのかで利益だけでなくお客様へ与える印象も大きく変わるのだ。そのため、導入する前の価格設定は慎重に且つ納得性のある価格を心がけることが大切だ。

 以上の『売上数字』『客数アップ』『材料費率』のどれか一つ欠けては理容師としての収入を上げることは難しくなるだろう。見方を変えればこの3つの精度を上げることに成功できれば理容師としての収入は格段に上がると言える。

 では、いくらの年収があれば理容師をして成功していると言えるのか。それは個人の価値観によるが先程の資料の通り一般的にいけば300万円〜400万円に到達するのが平均だ。日本人の年収で平均500万円以上の割合が31.5%、平均600万円以上の割合が20.5%だ。これは5人に1人しかいない計算になるが、これから理容師を目指す人にはここを目指して欲しいと思う。もちろんやりがいを年収で計ることに納得できない人がいるのも理解できるが年収は自身がお客様や社会に必要とされている度合いに比例すると筆者は思っている。

 そして、そのような働き方ができる職種だと筆者は可能性を見出している。

 近年、IT化が進み多数の職業が機械でできる時代に突入している。だが理容師の成せる業は機械では再現できず、今後も人の努力や才能が活かされる職業だ。そして何よりお客様に喜ばれ社会に必要とされる仕事はやりがいに満ちているだろう。

 タイトルにある『理容業界は繁栄か衰退か』このテーマに関して筆者はこのやりがいに満ちた業界を衰退させたくないと強く思う。今は理容師の高齢化や後継者不足という大きな課題を抱えている理容業界だが、私を含めこれから理容師になる者たちで業界を盛り上げることが必ず叶うと信じている。

 その為に今の自分たちの仕事に誇りと使命感を持たなければならないと感じるのだ。目の前のお客様は全国に何万軒もある理容室、その地域に何十軒もある理容室の中から自店舗を選んで来店している。そのお客様に必ず感動してもらう、また来てもらう。それができればどれだけ幸せな理容師になれるだろうか。地域から全国へ。理容師になりたい若者が増える業界に必ず変えていけるはずだ。


 

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