サービス業としての理容業
原 晋一(静岡県組合)
全国理容連合会(次より全理連とします)設立から50年の時を迎え、この50年と言う長い時の中で、理容業の変革、又社会・経済・環境のあらゆるものが変わりつつあります。今、私達組合員はどのような状況に置かれているのでしょうか。10数年前のバブル経済の破綻から、特に激しい変革を求められている現状、デフレ経済の流れから非組合加盟店の増加、ディスカウンターの進出、美容業の男性客の誘客、国民全体の所得減少からくるご来店周期の延長。このように今現在の状況は、私が理容師となり31年、生業としてから最も大変な状態となっております。組合員の方々も同様の事と思われます。
私達理容業というのは、一歩下がり視野を広げますと、サービス業種の中の一業種であることに気付きます。他のサービス業種の方方も理容業同様に、今の厳しい時を過ごし努力しているのではないでしょうか。
全理連も理容展望等により『理容21』を発表し、組合員に新たな提言を施し、レディースシェービング・エステマッサージ・ネイルケア・ヘッドスパ等の技術、又今まで行なって来た技術をさらに深める取り組み方を紹介して下さいました。これらは今までのハード的な技術と異なり、ソフト的でお客様に癒しを与える新しい技術ではないでしょうか。他のサービス業の方々も「癒し」という物の大切さに気付きアピールポイントにしているのではないでしょうか。
今の時代、誰もが心に「ゆとり」を求めている、その表れではないでしょうか。
では私達理容師は、そのゆとりを求めるお客様に何を提供したら良いのでしょう。私の店舗の現状・皆様組合員一人一人の店舗の現状・立地条件・スタッフの人数・年齢・経営内容、それらを今一度考え、その現状の中で何ができるのか、何ならば対応できるのかを他のサービス業の対応を参考にして、私は考えてみました。
又、私は伊豆半島の真ん中の[伊豆市]という所に居住しています。平成の大合併の前は、8町1村ある田方郡という郡部でした。伊豆は日本を代表する観光地でもあります。観光地で理容業を営んでいる視点からも考えを進めてみました。
まず理容業同様、業務独占が行われてきた酒販業・米穀小売業、この2業種は販売店を営業する上で許可制度がありましたが、法律の改正により規制が緩和された時から、ディスカウンターとの競合を余儀なくされました。
酒販業ではこの3年間で全国1万4千店舗以上が減少したのに対し、1店舗あたりの売り上げ・売場面積・従業員数は、逆に増加している現状があります。その理由として
① 業界での販売店の多様化が進み、ディスカウンターが増加し(全国で約1,300店)又、在来店がコンビニエンスストアーへ転身する姿が多く見られます。
② 一連の規制緩和政策の下で、販売免許問題・原則自由・酒類販売免許という既得権益・及び酒類という商品特性・平成6年の酒類に対する税制度の改定が実施されたことによる、販売価格の値下がり現象・第3のビール他新たな低価格商品の開発、販売。この様な要因が店舗減少,廃業、コンビニエンスストアーへの転身に繋がったのではないでしょうか。
米穀小売業もこの3年間で約3,000店舗が減少しました。又、酒販業とは異なり売上等も減少しています。酒販業とは何が違うのでしょう。又、同様の点はあるのでしょうか。
① 一般消費者の米に対する需要は年々減少しています。これはライフスタイルの洋風化、消費者の食生活の変化が、大きな原因であると思われます。
② 現在に至って、米の生産・流通システムが戦後からの統制・規制・保護政策の管理から解かれ、市場原理に委ねられようとしています。平成7年の新食糧法の施行により、この事が裏付けられると思います。一気に解放自由化は行われないにしろ、米の生産流通システムが他業種と異なった独自の業界ではありえなくなったと思われます。消費者のライフスタイルの変化によって売上の減少を招いているのは、酒販業と大きく異なる所でしょう。
ある面この2業種と理容業は、業務独占・免許制度等の類似点が、今現在同様の現状に置かれている原因のひとつなのではないでしょうか。規制緩和・ディスカウンター・消費者のライフスタイルの変化・業界内の変化にどのような対応策を持って、自営業は個々に頑張っているのでしょうか。
酒販業では、ディスカウンターへの対応策として最も重視している点が、
① 配達・情報提供・接客サービスの強化。
② 品揃えの充実・ディスカウンターとは違う商品・お酒のブランド名での対応が挙げられます。低価格での対応は取り組む必要は無いとの考えが多数であり、非価格競争、ディスカウンターとの異質経営を図り得意な商品部門を持ち、キメの細かい営業をしていく傾向にあります。
米穀小売業も同様に、
① 配達・情報提供サービスの充実。
② 仕入ルートの開発。産地農家からの直接仕入、共同購入での産地直接仕入等の仕入方法によるブランド米商品の充実、流通をシンプルにして得意な商品部門を持ち、価格へも反映するような対抗策を採っています。
酒販業・米穀小売業共に、新しい経営改革を求められる中で、単独店での対抗策は限界があり、同じ考えの同業者、又組織による・組合による対抗が必要とされてきます。対象顧客・購買習慣の変化への対応に、業界から業態への転換、待ちの姿勢から攻めの経営、ひとつの商品でも配達をする。この気持ちが必要であり組合等によるセミナー・研修会を行っています。酒販業では組合内での意見交換等により、小売店からコンビニエンスストアーへの転身を防ぐことに繋がっています。
これら酒販業・米穀小売業とはある面、今現在の理容業と共通するものを持っている業界と思われます。ディスカウンターの進出・業務独占に関する規制緩和の危機に対して、どのような組合員個々の努力が必要なのでしょうか。個体から共同体へ、業界から業態への変化、その必要性が求められているのではないでしょうか。
この小さな郡部でも、他業種のサービス業は努力しています。
旧田方郡での理容店舗数は、約140店舗有り、人口は約13万人です。この地域で営業するにあたりお客様の固定客の割合は、図表①のように80%の店舗が、固定客の占める割合が80%以上という結果が出ています。都市部とは違い、通りすがりのフリーのお客様ではなく、固定客のお客様に依存している店舗が多い事を物語っています。
固定客の比率が高い中で顧客名簿を作成している店舗の現状は、図表②のように大変低いのが現状です。
2 顧客名簿の活用状況
比率 | |
ア.顧客名簿を作っていない | 78.4% |
イ.顧客名簿は作ってあるが利用していない | 13.3% |
ウ.顧客名簿をよく利用している | 5.8% |
エ.未回答 | 2.5% |
合計 | 100% |
カルテ・電話予約・季節の案内状等の対応はどうなのでしょうか。
又、固定客のお客様中心である中、店舗側から見た視点とお客様側からの視点では、どの様な相違点があるのでしょうか。図表③を見る上で最も目を引く点は、待ち時間に関する項目です。そして[接客対応がよい][サービスがよい]この2項目も大変目に付きます。
図表3 理容所を利用している理由
図表①~③に掛けて、これからの私達組合員が心がけていくことが見えてくると思います。
固定客のお客様が中心の店舗が多い中で、その固定客のお客様の事を私達はどこまで知っているのでしょう。お客様の趣味、嗜好を知っているか、一つ一つの情報を何に書き留めて置くのか、それが顧客名簿でありカルテではないでしょうか。技術面ばかりではない情報も大切なのではありませんか。理容店は昔、情報源でした。「床屋さんに聞けば分かると思って…」と言う言葉をよく耳にしました。今の時代は情報があふれ、様々な事が多様化しています。その中でお客様の趣味を把握し、お客様と会話交換が出来ればどのような接客サービスが出来るでしょうか。お客様のご職業を知った上で会話が出来れば、今以上に内容のある会話が出来るのではないでしょうか。頭の中の顧客名簿ではなく、組合員のご家族・スタッフにも一目で分かる名簿・カルテがあれば、店舗全体でお客様への情報交換サービスが充実していくのではないでしょうか。
理容業の強みは、他業種には有り得ないようなお客様との接近距離、わずか30センチです。心の距離も、もし30センチにすることが出来たとしたら、今以上の信頼関係が築けるのではないでしょうか。その為のアイテムが顧客名簿・カルテであり、技術用であると同時に接客・サービス用の情報交換顧客名簿です。
図表③に表れているお客様と店舗側の『理容店を選ぶ理由』の相違点の中で、[待ち時間が少ない]の項目ですが、店舗側はお客様にお待ち頂くことの無いように努力していても、お客様は(待たされている)と感じています。待たれている時間は、退屈な時間であり、無駄な時間となっているのではないでしょうか。お客様をお待たせしないに越した事はありませんが、ご来店頂いたお客様に普段の生活から《癒しの空間》としての理容店へスイッチを切り替える場所として、客待ちスペースをご利用頂くと考えてみてはどうでしょうか。お待ち頂く時間に何を感じて頂けるでしょう。私達は、ホテル・旅館等に宿泊する際、チェックインした後のロビーで何を考え、腰を下ろすのでしょうか。その気持ちを客待ちスペースに作ることが出来たなら…癒しの第一歩です。
又接客・サービスの点ですが酒販業・米穀小売業の方も、特別な設備投資をするのではなく、今の自分の店舗で出来る事を最大限努力する。新しいサービス・流通システムを組合と組合員が連結して作り上げる事により,組合員の脱退・転身を防ぎ、個々の組合員の発展を目指しています。私達理容業が今日の現状に直面する以前より、変革の荒波にさらされ打ち勝って来たのです。私達全理連組合員の店舗は、組合員の年齢・スタッフの人数・立地条件等、全て違います。多くのスタッフと頑張る大きな店舗、ご夫婦二人で努力している店舗もあります。今一度自分の視野を広げて、ご自分の店舗を見てみませんか。
「観光地で営業をしていますと、心の中に『出迎え三歩、見送り七歩』の言葉が何度となく響いてきます。」ある旅館のオーナーの口癖です。旅館を出る時に、手の空いた仲居さんを始め、皆さんで手を振り見送ってくれる
あの風景です。
同じサービス業ではありますが、理容業と旅館業、正反対なサービス業ではないでしょうか。理容業は技術主体であり、旅館業はサービス主体です。旅館業のハード面は、設備とお料理。残りは全てソフトのサービスで料金を頂いています。
一概に比べることは出来ませんが、調髪料金3回分で全国の旅館に宿泊する事が出来ます。旅館業の方々は調髪料金3回分を、14時間掛けてお客様から頂いています。お客様から見た時、お支払するお財布は一緒ではないでしょうか。
旅館業の接客サービスが私達理容業に全て当てはまるとは思いません。ですが、お客様にご満足を…の姿勢は同じではないでしょうか。接客・サービスは資金投資をしなくても今日から、今からでも出来ます。年齢・店舗の大きさ・立地条件等、店舗の状況が異なる中で、全ての店舗が同じ様に上限なく投資できる経営改善です。今、全てのサービス業がディスカウンター・量販店と戦っています。
『理容店だから』という私達組合員の立場からではなく、お客様側の視点で、もっと広く、もっと努力する必要があるのでは。
今の厳しい時代、他のサービス業から見習うべきものは見習い、組合員がより一層充実した理容業を営める様に頑張って行きましょう。
全ては、気付く事から。
気付いたものは、実行へ。
参考資料
1静岡県商工連合会
田方地域の理容業の現状と課題
2静岡県商工連合会
規制緩和と価格破壊の時代 ~生き残る小売業の姿~
審査講評
医療・福祉ジャーナリスト 尾﨑 雄
「理容業が今日の現状に直面する以前より、変革の荒波さらされ打ち勝って来た」のは酒販業と米穀小売業である。いずれも時代に翻弄されながら生活密着・零細・家業という条件の中で生き残ってきた理由は何か? そのヒントを示す論文である。両業種とも理容店と同じように店舗数が減少してきた。規制緩和と消費者のライフスタイル変化およびディスカウンター出現によって将来の不安に満ち、業態転換を迫られてきた業種である。その中で酒販店は1店舗当たりの売り上げ・売り場面積・従業員数はむしろ増加している。配達の実施・顧客への情報・接客サービスの強化など必死の生き残り策に可能な限り取り組んで来た成果である。米穀小売店も戸別配達や産直などで難局に取り組んできた。
「理容業は待ったなしの転換期にある」と言われてひさしい。衰退の原因と生き残り策の各論は出揃っている。ここに至っては、一歩退いて自らの置かれた状況を冷静に見つめ直し、似た環境条件にある異業種の成功事例から汲み取るべきヒントを見出したうえ、論じつくされた生き残り策を実践に結び付ける戦略づくりしか突破口はない。そのためのキイワード「個体(個店)か共同体へ」とか「業界から業態へ」など。固有の武器は「地域密着リピーター」と「30センチの接客距離」である。これまで諸先輩が提示してきた業界振興論文のエッセンスを広い視野から集大成した必読の一編である。