イベントは人を成長させる「仲間との10年」
高宮 隆浩(山形県組合)
はじめに
私のサロンは戸数約500戸約2,000人の海沿いの地区にあります。理容店は4件、美容院は3件と人口からみれば大変多いと思うのですが、それぞれのお客様を抱え営業してまいりました。ところが、後継者がなく本人も高齢になった数件の店舗が組合を退会してしまいました。
退会する際、その方々に組合に入っているメリットを尋ねられました。業務独占、免許制度を守るための政治的要素を挙げることが出来たのですが、理解してもらうには難しく、また引き止める事ができませんでした。逆に、新規の若い経営者に入会してもらおうにも上手くメリットを訴えられない歯がゆさがあるのも現実です。この問題は私の地域に限らず全国的なものであり、また理容業だけの問題ではないかもしれません。自然減少は仕方ないにしろ、根底にある個人の利己的な考えを変えない限り加速すると思います。
近所の理容店は、なぜ組合を辞めなければならなかったのでしょうか。各人が、メリットと呼べる事項が数多くあれば辞めなかったのではないでしょうか。そして、組合のメリットには何があるのでしょうか。その答えを見つけるためには、なぜ私は辞めずにいるのかを考えなくてはいけないと思います。
私は理容師になって20年になりますが、この10年は組合青年部・講師会の活動を通して、ヘアショーやお客様へのPRイベントの企画・運営に、数多く関わらせてもらっています。イベントの大変さは開催当日だけではなく、開催に伴う準備に最もエネルギーと時間と資金、そして人を要します。しかし、その経験は私にとって何物にも代えられない価値あるものになっています。
そこでメリットとは何かを考えながら、私がイベントを通じて経験、体験した事を振り返り問題解決の糸口を探りたいと思います。
1 小規模グループでの活動
支部と組合員とは言っても人間同士の付き合いから成り立っていると考えることができます。しかし、組織というものは堅苦しく感じる事が多く、ある一定の人間で動かしているような気がします。数年前から同年代の人達と、毎月2回営業が終わってから会合に参加しています。低価格理容店が地域に進出してくる以前に、危機感を持って営業して行こうと立ち上がった会であり、ファッション(fashion)、4人(four)、未来(future)、なにより魚釣りが大好きな面々だったためフィッシング(fishing)、の頭文字をとって『倶楽部えふ』と命名しました。ちょうど21世紀ビジョンが発表された頃で、規制緩和の波が地方にはほど遠いものと感じていた時期であり、適正化規程が外れ営業の在り方も自由になったのですが、何をしなければならないのか、何をしたらいいのか、何ができるのか、でも『危機はそこまでやってきている』という気持ちだけの船出でした。支部組合の人数規模では、小回りが利かなく情報の伝達も時間がかかってしまいます。膝を突き合わせて、個人が抱えている問題や営業の在り方を真剣に考えてくれる共に行動する仲間ができました。私たちは、自分達出来る限りの事を企画実行し、個店の増収につなげるイベントや広告の作成を年間通じて考えて活動しています。
2 シェービングセミナーの開催とそれからの行動
全理連から、営業支援セミナーが発表され、各県1講習というシェービングセミナーを所属支部で開催することになりました。講師に大野悦司氏を迎え90人を超える受講生の中、理容総研の目指す方向性や各店舗でのメニューの作り方など、明日から営業で使えるヒントを勉強しました。そして、お客様に知らせる事の重要性を改めて認識し、『倶楽部えふ』の話題は対外的に広告を出すという小規模グループ活動の1大イベントへ向かっていきました。すべて手作業、モデルの選択、写真撮影、構成をこなしたのですが10万円の広告料を支払いました。お客さまからの反響は「○○誌に広告出ていたねー」が数件だったのですが、所属支部、近隣の支部組合では賛否両論の大反響がありました。今まであまり表に出ていなかった組合加入理容店が、一般消費者の目に着くこと、気付いてもらうことが目的の1つでありましたが、一般的に広告の宣伝効果は10,000枚で1人と来店というデータからみればなるほどと思いました。
『倶楽部えふ』の広告がひと段落したころ、組合の販促物の中にお顔そりのタペストリーが届きました。これは使える!とひらめきを感じ、お顔そりの広告が打てれば組合の活性化にも役立つと思いました。
さっそく『倶楽部えふ』に提案して、組合員、支部組合を巻き込んだ事業とすべく計画を練りました。当時青年部長の役職でしたので支部役員に進言し承認を頂き、県組合に電話をして広告に使用しても差支えがないか確認し、各地区の会合に出席させてもらいタペストリーと連動させて広告を出せば、低価格理容店との差別化も図れると趣旨説明をして、熱い気持ちを伝え、組合員の参加を促しました。頑張った甲斐があって約170の組合員店舗のうち、50店舗からの広告掲載依頼がありました。文字にすると自分1人が動いたように見えますが、支部役員の皆さんの尽力がかなりあったことを添えておきます。
地方情報誌の掲載料は見開きページで20万円でした。内10万円を支部会計から頂戴し、残り10万円を各店舗2,000円の広告料として自分が出した広告と意識を持ってもらうために頂戴しました。この広告は参加人数と規模が拡大したためか、お客様が来店した店舗もあり、お客様の目に着いたとの報告が大変多く聞こえてきました。
理容業における広告宣伝費は他業種に比べると格段に低く、広告宣伝費ランキング50企業(2005年)によると、総売上に対する広告宣伝費の割合は平均3.9%でした。このデータは日本の優良大企業のデータであり、直接私たち理容業の広告宣伝費に反映できるとは思えませんが、今後お客様向けの広告を出す場合の目安となると考えます。
3 所属支部の現状を考える
組合を辞める理由を聞くと一身上の都合、年齢・病気による退会、周り順番でやってくる支部の役員をするのが嫌だ、入っていてもメリットがない、組合費の値上げなどなど様々な理由で辞めていきます。簡単に考えれば辞めていく理由をすべて改善すれば辞める人はいなくなるのではないでしょうか。ところが世の中そうはうまくいきません。支部の現状をみると、平成15年4月―203名、平成16年4月―186名、平成17年4月―164名、平成18年4月―150名、平成19年4―144名、平成20年3月―137名と組合員が減少しています。ある時、支部から組合員が少なくなったので組合費を値上げしたいと提案がありました。あまりにも短絡過ぎる説明に、素直に賛成の返事は出来なかったのを覚えています。たった200円の値上げでも、諸般の事情により値上げをいたしますでは納得してもらえる時代ではなくなりました。サロンで例えるなら、サービス内容に変化がないのに値上げだけをしたならば、失客を招いてしまう恐れがあるということです。白熱した議論がありましたが組合費の値上げは実行されました。そして、これを機に退会された方もいました。
逆に組合員のほうは、主張の場である支部総会に出てくる人が少なく、理由はともあれ、結果的に権利を放棄していることになってきています。毎月の売り上げの中から組合費を出しているのだから、出している分またはそれ以上の発言があってもいいはずです。実際、大勢の前で発言することは大変勇気がいることですが、問題は提起しない限り解決はおろか、その機会すらありません。まずは1年に1回与えられた権利と思ってぜひ出席してもらいたいものです。『問題の解決』もメリットの1つではないでしょうか。
4 支部の枠を超えて
県講師会は3つのブロックに分けられていて、ブロックの年間計画に『お客様へ向けてのPRイベント開催』がありました。そこで『お顔そりの無料体験』のイベントを実行することになりました。当然のように、女性の技術者が必要となったのですが、周囲の女性は頑張って1人で営業している方も多く、家事や子供さんの学校行事などで、参加できない傾向にありました。そこで、支部の枠を超えて協力してくれそうな方を挙げて連絡したところ、快く引き受けてくださった前向きな女性陣が集まってくれました。イベント会場は休日に人が大勢集まるショッピングセンターに決定しました。そして打ち合わせの席では、女性の視点からの意見が出されました。それは、的を射ているものが多く男の私では考え付かない「メイクは、どうする?」や「公衆の面前で素顔を見られるのは嫌なのでは?」などの問題点を指摘されました。『お顔剃り無料体験』は滞りなく終了し、反省会の席でイベントへの感想を聞いたところ「もう1度開催したい。」というお話がありました。それも少数意見やお世辞ではなく、いろんなイベントを経験している方からも多数声が上がりました。私は、企画運営で精神的にも肉体的にも疲れてもう嫌だと感じていたので、その意見に本当にびっくりしたのを覚えています。これは、お顔そりのイベントを通じて、今まで誰とも比べることのなかった基本技術の意思の疎通を図り、統一し、1つの目標に向かっていく工程が楽しくもあり、勉強になったからこその意見だと思います。
5 ものを言う組合員へ
シェービングの広告は支部の役員とはいえ1組合員の思い付きから、支部を巻き込んだ事業へ発展していきましたが、それはかなり大変なことでした。企画を通すために組合を辞めるなどと、脅し的な発言もしてしまいました。しかし、それを寛大な気持ちでくみ取ってくれた支部組合に感謝します。末端の組合員の意見がきちんと上まで届く支部組合で本当によかったと思います。発言をすることは、大変勇気がいります。しかし、言わなければ何も始まりません。膝を突き合わせて話ができる仲間が、後押ししてくれているという気持ちが、勇気を何倍にもしてくました。そして仲間の数は増えていき、少人数から始まり、支部を巻き込み、それ以上の広がりを見せています。底辺からの意見が頂点まで届くことが、あるべき組合の姿ではないでしょうか。末端の組合員が元気にならなければ組織の発展はないと思います。
個人の思い付きやひらめきは個店のメニューや経営にすぐに役立てることができます。少人数の活動は意思の疎通や行動が迅速になり、自分の意見のほかにより良いアイディアが生まれてきます。そして大きな波に変えて行くことができることでしょう。
あとがき
組合員のみなさん。組合のメリットを問う前に、誰のためでもない自分のための組合と思うことはできないでしょうか。組合は何もしてくれないという言葉は間違いで、組合に何かをさせるという言葉こそが正解であると考えます。支部講習も大変勉強になるのですが、自分たちが提案したことが形になり、実行されていくことがどんな講習よりも、体感し、実感し、他の人から影響を受け、みんなで共有できる楽しさになっていきます。そして個人の意識改革に重要なカギになるのです。
イベントを開催することは、『やる気』『根気』『熱気』を持つことが大切です。挫折しそうになった時は、仲間に伝えることで励まされたり、悩みを共有し、分担したりして一緒に進んで行くことができます。組合の原点にはそれがあったはずです。仲間と話をすることだけでも問題に思っていることが軽くなったりします。「お前はまだ若いから出来るのだ。」という方もいると思います。しかし、今こそ年の差を超えて理容業、理容の仕事をお客様に向けてアピールしなければ、本当に我々の仕事は衰退してしまう時期に来ています。
私はこの業界に入り、いろいろな人とつながりを持つことができました。それはかけがえのない大切な物で自分が組合を辞めずにいる最大の理由となります。また10年前からの行動が、今の生活を何とか維持していることに繋がっています。何もしていなかったらと想像すると、私もどこかの時期に組合を退会し違う仕事に就いていたかもしれません。
最近は、理容師よりもイベントをする人のようになってきている自分に苦笑いしながらも過ごしていますが、家族はそうではないと訴えています。『家族の理解は、なによりも大切!ありがとう。』と、お詫びとともに強調して添えておきます。
今現在、理容師を取り巻く環境は大変厳しく、私自身10年後の姿ははっきりと見えていないのですが、今よりも、沢山の人とのつながりを見つけ楽しく生活していたいし、そして子供にこの仕事を選んでもらいたいからこそ、危機感を持って一所懸命に一生懸命がんばっていきます。
※参考データ
NEEDS日経財務データ2005
支部組合総会資料
審査講評
審査委員長 尾﨑 雄 (生活福祉ジャーナリスト・元日本経済新聞編集委員)
たった4人の「仲間力」が未来を開く
ファッションに関心を持ち、未来志向で共通の趣味が魚釣りという4人の理容師が「倶楽部えふ」という小規模グループを作って10年。個店の増収につながるシェービングの普及活動などイベントや広告キャンペーンを自分たちでできる範囲で企画・実行してきた。そのエネルギーの源は、やる気と熱気そして低価格店が進出してくる前に先手を打つべしという危機感だった。むしろ気持ちが先行した船出だったが、ささやかな成果を大切に積み上げ、次第に目に見える成果を広げていく地道な活動によって4人という小さな同志集団の力と可能性を実感していく。そうした試行錯誤の過程を丁寧に描く。
「お顔剃り無料体験」などのイベント実行を通じて「今まで誰とも比べることのなかった基本技術の意思の疎通を図り、統一し、一つの目標に向かっていく工程が楽しくもあり、勉強になった」。組織の一員としての思いつきを支部の事業へと盛り上げることは「大変」だったが、膝つき合わせて語り合う「仲間力」のお陰で実現に漕ぎ着けた。その貴重な体験を筆者はこう表現する。「自分たちが提案したことが形になり、実行されていく」ことを「体感し、実感し、他の人から影響を受け、みんなで共有できる楽しさ」は成長の糧になる、と。それこそ「個人の意識改革の重要なカギ」。明日の業界を背負う理容師の姿が目に浮かぶようだ。