「組合組織による店舗紹介制度」
田中トシオ(東京都組合)
目次
はじめに 理容業の生き残りをかけて
本論一 理容業が抱える問題と対処
(一)、高齢理容師を支援する
(二)、独立できない若者を支援する
(三)、低料金店へ理容師流出の阻止
本論二 店舗紹介システムの構築
(一)、紹介システムによる利益の共有
(二)、組織力の動員
(三)、契約
(四)、引き継ぎ
おわりに 業の継承と存続
はじめに 理容業の生き残りをかけて
激変する世界情勢はそのまま世界経済にも大きな影響を与え続けて来ている。
日本だけで解決できないグローバルの時代のなか、日本はゆるやかに上向き経済になりつつあるといわれているが、末端の職種、理容業においてはその恩恵を感じることは実感としては少ない。
依然として消費者心理は冷え込み、オシャレなどの付加価値支出を抑え低料金店に流れていく傾向は定着してきている。
美容室への男性客流出。低料金店の大量進出等が更に顕著となり理容組合(以後組合)加盟の理容室は大きく売り上げを落とし経営の存続さえ危ぶまれている。
その中で問題なのは後継者のいない組合員の高齢化に伴う店舗閉鎖がある。
高齢化した組合員の未来を予測すれば悲観的な現実も見えてくる。
一方では、将来独立を夢見て理容師になっても近年の環境下では至難の現実もある。
そこで筆者の提案は、高齢で店舗閉鎖を余儀なくされた組合員と、独立できない若者の情報を組合で結び付ける紹介システム創設が実現すれば店の存続もでき、若者には念願の独立の夢が叶う。
両者のメリットの享受が組合主導ともなれば信頼へと繋がる事にもなり、低料金店対策にも繋がり、組合としても組織率の落ち込みを防ぐことができる。このシステムを全国理容生活衛生同業組合連合会(以後全理連と省略)が主体となった紹介システムの構築の必要性を提案し、以後本論等で詳しく解説をする。
本論一 理容業が抱える問題と対処
(一)、引退する高齢理容師を支援する
全理連理容統計データーによれば、平成二十六年の組合員平均年齢は六十四歳以上となり平成十一年の五十四歳に比べれば明らかに高齢となっている。更に後継者ありと答えた人は五割にも満たなくなっている。
この数字から五年後にはほぼ半数の人が、十年後には大部分の人が引退となるだろう。しかしそれに伴う新規組合員数は現状を見れば到底補充する数には至らない。高齢化と後継者なしは店舗閉鎖から自然減少となり近未来で理容業は生き残れなくなる。更に新規開業しても組合に加盟しなければ組織の弱体化、存続の意義さえ失われてしまう危険な数字である。
筆者の支部でも毎年高齢化や体調不良、死亡その他等による組合脱退は昨年だけで合計四店舗となっている。
店舗閉鎖には引退の他、健康状態や経営悪化更に組合加盟の意義や組合費の捻出等でもやむなく閉鎖や脱退となるケースもある。
長年苦労し、頑張った理容人生の最後が後継者も無く愛着ある店舗閉鎖は仕方ないとあきらめても悲しいものがある。
組織としても長年仲間として協力してきた組合員に対して感謝の支援も必要であろう。
(二)、独立できない若者を支援する
筆者が理容学校に入学した昭和三十五年頃、多くの若者が「手に職を」と理容師を目指した。当時は理容室と美容室の店舗数もほぼ拮抗して男は理容、女は美容と区分けされてた。理容と美容の生徒の応募数は年々差が開き、理容師はこの十数年間で激減し、平成二十六年には千人前後と推移し、美容の十分の一にも満たない数字になっている。
それに伴い全国の理容師養成施設の減少や閉鎖にも繋がっている。
筆者の周りでは三十歳前後で独立開業が当たり前の時代に遭遇できたのは幸いだったが現在では独立適齢期になっても、資金繰り、経営難、幾つかの問題が複合しており、多額の借金をしての独立は難しいのが現実である。
独立の夢をあきらめたのでなく、独立できない現実が見えてくれば、理容業とは夢に繋がらない職業と映り、若者の選択判断から外されたデーターが千人なのだろう。
そんな独立できない若者の未来を支援することも組織として考えなければならない。
(三)、低料金店へ理容師流出の阻止
時代の流れの中、多種で特色のある店作りは必然なことではあるが理容業もQBハウスを筆頭に新規開業店は組合に加入せず、低料金店化して短時間、薄利多売で客の奪い合いで組合店の経営圧迫となっている。
絶対数の少ないはずの理容師なのに、どうして多くのスタッフを確保できるのか不思議だったが、ある店を覗いて驚いた。
競技会で優勝したある有名講師のスタッフがその中で働いていた。目を疑ったが紛れもなく筆者も指導したことのあるその人だった。
その講師に聞くと、七年勤め独立を目指したが不本意ながら少しでも給料の高い低料金店に移ってしまったと嘆いていた。
低料金店の人材確保はそんな独立できない若者の大量雇用でなりたっている。
その店の給与システムは歩合制で月二回程度の休みで出勤しても、施術時間オーバーや人数ノルマに達しないと給料減となり、健康状態も悪く、将来の展望もないと聞いた。
一般の教育系の理容室では仕事ができない若者を採用し、熱心に技術や接客を教え一人前に育てあげ、結果として教育をしない低料金店の技術者養成施設みたいになっている。
そんな若者が独立できて低料金店に行かなくなれば、低料金店は人材難となり大量出店にも歯止めがかかるだろう。
本論二 店舗紹介システムの構築
(一)、紹介システムによる利益の共有
①店舗を閉鎖せざるを得ない組合員
②独立できない理容師
③低料金店への技術者導入の阻止
この三つの大きな問題を少しでも解決する具体的な方策に店舗の紹介システムの構築にある。
「出来るなら店を継いで欲しい。」
「家賃収入で老後を豊かにしたい。」
「誰かを紹介して貰えたらいいのだが。」
そんな高齢理容師は多い。
一方、
「夢をあきらめたくない。」
「資金が少ないが独立したい」
「理容店の居抜き物件を探してる。」
「誰かそんな物件を紹介して欲しい。」
そんな独立志向の若手理容師は多い。
居抜き店は高額な開店資金も必要なく、営業中の店舗とお客様を引き継げる。少なくても新規開業からの資金や集客に比べリスクは大幅に削減される。
貸借店舗の不動産仲介はあるが、他業種に貸すとしたら店はスケルトン状態にし、椅子やカガミ、スチーマーや備品は粗大ゴミとなる。不動産屋の手数料も高くすべてにおいて大きな支出となる。理容室は理容業を続けることに価値があり、筆者の提案はまさにその業で生きられる喜び、継承できる喜び、その実現が求められている。
両者のインターネット共有システムを作ることは全国に張りめぐらされた組織網の全理連でこそできるものを考えている。このシステムを全理連組織の広報部に専門部署を設置し、全国の情報を一元化し、紹介斡旋できるシステムを作ることが本論の趣旨である。
(二)、組織力の動員
全理連の組織網は全国に張り巡らされその団結力は絶大なものがある。
全理連の新事業として発表すれば数ヶ月以内に全支部員に届く情報網がある。
その組織力を利用すれば、高齢化、後継者不足、長期休業等の同業者を把握することはそう難しい事ではないだろう。
組織の中に「店の経営者求む。」簡単に言えば、独立希望の理容師対象の貸店ありの情報を受け付けるのである。
一方、独立を望む若者の把握は組合員を通じてでないと難しい。又、情報は従業員理容師に周知することも難しい。
各単組から従業員のいる支部員や、青年部、全理連中央講師会などや、パイの小さくなった理美容器具商組合や理容学校などは大きなメリット発生に繋がるから協力いただけると思う。
更に業界紙等を通じPRすれば徐々に浸透し、その効果はやがて出てくるだろう。
営利を目的としない単なる紹介であれば不動産取引免許等も必要なくできる。
設置されたインターネット情報開示を閲覧できることにより、全理連はより身近となり店舗探しができるようになる。
(三)、契約
全理連に登録する際に、「店を譲りたい人」と「借りたい人」は「地域」や「譲渡条件等」最低限を登録する。組織はインターネットで公開し希望者は閲覧できる。(公開時は匿名とする)立地、規模、家賃、住居、改装、店舗名や備品等、さまざまな交渉のケースが考えられる。
又、技術者も一人もあれば、夫婦もある。
時にはスタッフの引き継ぎや支店として売買を望む人がいるかも知れない。
しかし全理連は紹介するだけで契約交渉には一切関与しない。
そのための紹介手数料も一切取らない。
ただ独立支援融資等は紹介する。
これこそ組合員のメリットを亭受できる大きな手段の一つでもある。
互いの条件を両者が話し合い、歩み寄りして成立して行く過程と責任は全て個人に任せる。交渉がまとまり契約が成立したら全理連と組合支部に連絡をする。
報告を受けた組合は共済や教育、諸事業のメリットをPRし、組織加入を勧誘する。
それは一店舗が脱退し一店舗が新規加入することになる。
(四)、引き継ぎ
それぞれ両者の合意ができ契約が終了したら、一例として借り手はその店で従事し、お客さま一人一人紹介していただき、ヘアスタイル始め、嗜好品、家族構成、趣味等、諸々の情報を教えて貰う。お客さまは何の不安もなくスムーズな交代ができ、引き続き安心してご来店が望めるであろう。
筆者の経験でも、古くからの同支部の先輩が高齢のため引退を決め、経営委譲の打診があり支店として引き受けることとなった。
その際、独立間近の店長候補を一緒に働かせていただき、その期間で固定客すべてを紹介されたため失客はほとんどなく、固定客がベースとなり赤字を一度も計上することなく売上が伸び、その後改装もして新規の若者も増え安定した経営につながった実績がある。
本来なら廃業、店舗閉鎖となる筈だったが、引き継ぐ若者がいたため、店舗は存続し組合にも加入し、両者の思惑はまさに一致をみた。
おわりに 業の継承と存続
多くの外国を体験、視察、見聞してきて日本の理容技術のレベルの高さは、平均的に見て世界一の水準にあると断言できる。
又、同時に理容組合の組織力は、他業種と比較しても最高の水準にあることは確かである。
理容業は消費者にとっても絶対必要とされ求められている職業である。
理容組合からの脱退、組織の衰退は理容業の生命線とも言える免許制度、業務独占の法律改正に及ぶ可能性すらある。
閉鎖する組合員店、独立できず新規加入もない理容師、その穴を埋める店舗紹介システムは組織ならでこそできるものである。
できれば自分の子弟に引き継がれるのがベストだが、それが無理なら次善の策として第三者に引き継いでもらう。店舗はそのまま残り、家賃収入で安定したら、理容人生一筋で歩んできた老後も穏やかに過ごせるだろう。
独立できた若者は、店が持てる長年の夢が実現する。
一生職人のまま、歩合給金で身を削る必要がなくなれば、理容師としての自尊心、結婚、子育て等、未来の不安が払拭されるならそれを紹介した組織力に感謝するであろう。
組織は組合員の確保、組合員の若がえり、ディスカウント店やアウトサイダー店の有効な員外対策、なにより組織のメリット強調は未来の若者達に組織の大切さ、有り難さは夢の具現化として引き継ぐことができる。
後継者不足を嘆くのでなく、後継者となる若者に新しいビジネスチャンスを与えることが肝要である。
理容業に組織の未来に、まだまだ可能性はいくらでもある。
この紹介システムを作ることにより多くの若者に夢を与えることができれば理容師希望の増加にもつながるだろう。
それは高齢化による業の後退から維持となりそして発展につながるとしたら、悲観的予測を明るいものにするだろう。
また長きに渡り組合加盟してきた老組合員に対し、継承時にその労苦に対し、お祝いと感謝状を贈るなどの施策があってもいい。
一番大切なもの、それは組合員の幸せを第一とした組織の存続と業の発展にある。
そのための施策として「組織による店舗紹介制度」こそ理容業が生き残りを賭けた方策のひとつであると確信するものである.
おわり
参考資料
平成二十六年全理連統計年報
組合員平均年齢と 後継者及び理容師数