平成29年度業界振興論文・最優秀賞

女性理容師が切り開く理容イノベーション
~小さな一歩が業界の追い風になるとき~

髙木憲子(千葉県組合)

 

【序論】

 今から5年前、アベノミクスが経済立て直しのために、民間の活力として第一に女性の活躍を挙げ、「女性支援」を提言しました。
 輝いた生き方をしている女性が持つ力を「女子力」と言い、元気な女性の活躍がめざましいのは、時代が女性の力を認め、必要としているからこそだと感じます。
 理容業界においてはどうでしょうか。
 バブル期を駆け抜けてきた元気なアラフォー、アラフィフ世代の女性理容師が子育てをひと段落させ、講習会やセミナー等に精力的に出向き始めています。女性のお顔剃りの顧客の獲得に向け動き出している女性理容師の姿は、安倍政権が謳う「全ての女性が輝く社会」の域を軽く超えていくほどの勢いを感じます。
 そして、昨年末にリクルートが2017年トレンド予想の一つとして『バーバー新時代』を発表しました。新しい付加価値を持った理容室の事をバーバーと呼び、よりクオリティの高い技術や癒しを求めて理容室に足を運ぶ傾向が強いことから選ばれています。
 『新しい付加価値』これこそが、今女性理容師が取り組むべき分野であり、業界の底上げに繋がる一歩となるのではないでしょうか。
 私の考える新しい付加価値は、女性客をシェービング以外でも、理容室に呼び寄せる技術を習得し、理容ならではの癒しの空間と、確かな技術を提供する事です。延いては必ず売り上げアップに繋がっていきます。
 それは、男性客だけでなく、様々な時代を駆け抜けてリアルトレンドを知る大人の女性客こそ、私たち女性理容師が獲得すべきターゲットなのです。

【本論】

サロンでの取り組み 業界がレディースシェービングを周知させる為に、様々な取り組みがなされているのにもかかわらず、市場調査において、その認知度は50%にも満たないというのが現状です。
 とはいえ、理容室に足を運ぶ女性客の多くがお顔剃りのお客様です。
 お顔剃りに来店されたお客様が、ご案内した個室をぐるりと見回し、「床屋さんって、お顔剃りだけじゃないんですね」そんな言葉を発しました。自ら「理容室に来る女性客=レディースシェービング」と強力に位置づけてしまっていた事に気付かされ、その何気ない一言をきっかけに、私は女性客のメニューの見直しを図りました。
 自分が提供できる全ての技術を女性用にメニュー化してみたところ、想定外のことが起こりました。お顔剃りで何度か来店されていたお客様が、様々なメニューをオーダーしてくるのです。「NEW」や「限定」など特別感のあるワードが女性特有の好奇心をそそり、そして「美容師はセンスがいいけど、理容師は腕がいい」という固定観念がお顔剃り以外のオーダーに追い打ちをかけます。
 では女性客に提供できるお顔剃り以外の施術とは何でしょうか。カット、シャンプー、カラー、パーマなど、理容が提供できる全ての技術がそれに該当します。
 今まで男性理容師の役目とされていた技術を、女性理容師が女性客に提供出来きたら・・・。我々サロンにとっても、お客様にとっても、大きな相乗効果を生むと考えられます。
 理容店に足を運ぶ女性客のほとんどが、シェービングを目的に来店します。そのシェービングの技術は確かなものだと実感させるのは難しい事ではありません。なぜなら、理容師のシェービングは、多くの経験と学びにより、お客様が充分満足するに値する本物の技術だからです。さらにいくつになっても学び、良いものをお客様に提供したいと思う意識の高い理容師は女性に多く存在すると言っても過言ではありません。
 その女性理容師の意識とポテンシャルの高さを、シェービングだけに向けてしまうのは実にもったいない。女性理容師は新しい課題に挑むべきなのです。

女性客のニーズ

 昨年、当県で行われたレディースシェービング体験イベントのアンケートの結果からみると、お顔剃りの体験をされている方は40代以上が8割を超えています。(表1参照)

(※表1)

 40代になると初老とも呼ばれ、体力の衰えはもちろん、肌やヘアにも劣化を感じ始めます。しかしながら、アンチエイジングというワードが出回り、美魔女ブームという社会現象まで引き起こしたのは、40~50代の美意識の高い女性からの発信なのです。
 人口ボリュームゾーンの団塊ジュニア世代が40代を迎え、消費の中心になる大人世代がようやく自分投資のゆとりを持てる今こそ、エイジングケアに大きくそのベクトルは向いているのではないでしょか。バブル期を駆け抜けてきた40代からの女性こそ美意識が高く、自分投資を惜しまない世代だとしたら、私たちが提案する数々の癒し、そしてエイジングケアの大きなターゲットになり得るのです。
 それは、シェービングだけに限らず、私たち理容師の持つ様々な技術で、顧客のニーズを満たし、提供できるのではと考えます。
 ここで、注目したいのが、下記のグラフです。(表2参照)

(※表2)

 このグラフは、日経産業地域研究所が実施した調査データで、30~60代の半数を超える60%強の男女が、何らかのヘアトラブルを抱えています。
 女性のヘアトラブルで圧倒的に多いのが、白髪です。白髪に関する意識調査のよると、白髪のある人のうち、男性は5人に1人(約2割)しかケアしていないのに対して、女性は3人に2人(約7割)が白髪染めをしています。エイジングケアの筆頭ともいえる白髪染め。専門家は頭皮の健康を考えて、月に一度までの施術を限度としています。しかし、白髪を気にする女性は、10日過ぎたころから気になり始め、3週間過ぎたころにはもう限界と感じているのです。
 女性客にも需要が多い『カラーリング』技術を、理容室のサロンに落とし込まない手はありません。増収はもちろん、他のメニュー提供の足がかりにもなるからです。
 自分のサロンにシェービングで来店する40代以上の女性客のほとんどが、カラーリングを施しています。カットは2~3ヶ月に一度だけど、カラーは月一で染めている、と答える方が圧倒的に多いのです。
 レディースシェービングを顧客に慣行化させるための大きな目的の一つに「ターンオーバーの正常化」があります。どの年齢層にも1ヶ月に一度、肌細胞が生まれ、その老化角質を取り除き、正しいターンオーバーへ導くために1ヶ月に一度の来店を促していますが、その1ヶ月に一度のお顔剃りが定着している来店サイクルを利用し、カラーリング(白髪染め)の顧客を獲得すること。こんな合理的なメニューの提案は理容店、しかも女性理容師だからこそできる新しい試みではないでしょうか。

女性理容師の新たな試み

 女性理容師には、それを実践できる大きな武器があります。先にも述べましたが、シェービングという技術で勝ち取った信頼関係です。肌に刃物を当て、優しく丁寧に施術を行います。そこで与える安らぎ・癒し・そして確かな技術は、施術を受けたお客様が実感しているはずなのです。
 シェービングで来店された女性客との信頼関係は、あくまでも施術を担当した女性理容師にあります。プラスαオーダーをする場合、担当女性理容師にやってほしいと思うはずです。しかし、「カラーリングも私が担当させていただきます」と顧客のニーズに対応できる女性理容師はどれだけいるでしょうか。
 女性理容師は長い間、レディースシェービング、もしくは男性理容師のサポートに位置付けられ、そのポジションに定置していますがそれで良しとしている傾向があります。
 でも女性理容師も皆免許を取り、インターン等を経て経験値を上げてきた中で、女性とはいえ本来なら全ての施術をこなせるスキルはあるはずなのです。サロンの中で、男性理容師の施術のサポート、レディースシェービング担当と位置づけられてしまった現状が、女性理容師のポテンシャルを狭めているような気がします。
 当県では、シェービングのスキルを上げるための「シェービング部」があり、女性理容師の更なる技術向上を目指し、フェイシャルに特化した講習を定期的に開催しています。その収集人数は100名を超えるほど。それほどまでに女性理容師は貪欲なのです。そして真面目なのです。この業界を背負い、変えていくのは女性理容師の純粋な追求心かもしれないとすら感じます。
 現在、幾度のシェービングの講習で得たものをサロンに落とし込み、手応えを感じ、さらに腕に磨きをかけています。一度染み付いた技術は決して逃げてはいかないことを女性理容師は知っているからです。だから追求したいと思う仕事には、貪欲なまでに学ぶ労力を惜しみません。
 そして女性理容師がそのパワーを秘め、次に挑む技術は「カラーリング」だと私は考えます。
 洗髪設備の整ったサロンであれば、女性のカラーリングを取り込むことは、難しい事ではありません。しかし、女性客に対してカラー施術を提供するにあたり、ややハードルが高いと感じるのは、ブランクと経験値の低さからくるのだと思います。さらに女性客のカラーリング施術に二の足を踏んでしまうのは、薬剤かぶれによるトラブル、カラーの選別、塗布方法、施術時間などにきちんと対応できるかどうか、そして何より、仕上がりに対しての厳しい評価があるからです。
 でも、それは容易く払拭されることになるでしょう。進化し続ける理容の仕事には、お客様の安心・安全を守る技術が必要です。それを組合の先生方が全力で研究をし、提供してくださっています。私たち組合員はその講習を幾度となく享受することができ、その上何かトラブルがあった時、組合の賠責が手厚くサポートしてくれます。しっかりとした土台はもう用意されているのです。
 何かに取り組む時に、こうして組合のスケールメリットが私たちを支え守ってくれる、素晴らしい組合組織の枠の中でまた力強い一歩を踏み出すことができるのです。そしてレディースシェービングの活性化に惜しみない努力をした女性理容師は、新たなる目標を定め、そのスキルアップに一丸となって進むことになるのです。

【結論】

 いつまでも美しく若くありたいと願い、サロンを訪れる女性客のニーズが目の前にぶら下がっているのに、そのスキルを上げていかないなんてもったいない。理美容統一化が叫ばれる昨今、理容だって女性の顧客確保に一歩も二歩も踏み出すべきなのです。
 それには技術と知識の習得が必須ですが、シェービングやシャンプー技術をマイスター制度にしたように、業界がカラーリング技術を新しい付加価値とし推奨したとしたら、その一歩に踏み出す理容師はどれほどいるでしょうか。
 奇しくも2018年の全理連ニューヘアが、初めて女性スタイルとなります。理容サロンでの女性パーマが可能になったことを受けて、レディース市場を開拓しようと発案されています。
 レディースシェービングから繋がり広がり始めたメニューは、目の前に明確に存在しうるのです。すでに当サロンで女性客のカラーリングの顧客獲得にかなりの手応えを感じています。男性のカラーリングのお客様より圧倒的にサイクルが短く、大きな増収となっています。
 レディースシェービングを筆頭に、女性理容師が提供できる技術は、まだ他にもあります。先に述べた女性客へのスキャルプエステ(ヘッドスパ)、カラーリング、レディースカット(写真1参照)、乳幼児のカット、訪問理容(写真2参照)、レディースツーペ。

(※写真1) (※写真2)

 オールラウンダーな女性理容師を商品化させることによって、これから押し寄せる理美容統合という大きな壁も、貪欲なまでの女性理容師の持つパワーで難なく乗り越えていくでしょう。そして業界にとって女性理容師の最大の武器は、組合という組織で繋がれた結束と、共存し合える柔らかい心です。女性は繋がっていくことで大きな力を発揮します。声を掛け合い講習会へ出向く、切磋琢磨しながら、しっかりと技術を身につけていく。女性理容師の伸びシロは、まさに未知数です。
 「バーバー新時代」。この追い風に乗り、女性理容師もまた古きを大切にし、そして新しい挑戦を試みながら、次世代へと続く理容業界を、さらに盛り上げていくであろうと強く感じています。

参考文献・資料
・日経産業地域研究所資料

 

審査講評
審査委員長  尾﨑 雄(生活福祉ジャーナリスト)

 理容師の“特権技術”、シェービングを突破口にカラーリングその他女性向けのサービスを効果的に提供するなどして理容の幅を広げ、奥行きを深める。その尖兵にふさわしい「人財」が女性理容師だ。これまでレディスシェービング担当ないし男性理容師をサポートする脇役に甘んじていた女性理容師が旧来の殻を脱皮し、全理連の組織的なバックアップを得て飛躍することこそ21世紀の理容イノベーションであると呼びかける。

 働く女性理容師の全てとは言わず、半数いや5人に1人か2人が、この論文が説く戦略的な意味を理解して、ものの見方を変え、新たな理容師に生まれ変わって、ただちに行動に移せば、業界の改革が一気に進むだけでなく、仮に理美容統合の時代がきたとしても、理容師がリーダーシップを取ってその大波を乗りこなしていくに違いない。
 いまや、あらゆる業種や業界で一億総活躍が求められているが、新時代をリードする尖兵は女性理容師ではないか。女性にとっても、男性にとっても、そう勇気づけるメッセージがあふれている。

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