組織で取り組む訪問理容
池田 正男(滋賀県組合)
《目次》
はじめに
組織的なシステム構築事業について
資料①_1~5「アンケート結果に対する考察」
資料②「訪問理容サービス ポスター・チラシ」
資料③「訪問理容サービス 受付表」
資料④「訪問理容サービス ホームページ」
地域包括ケアシステムとの連携について
資料⑤「地域包括支援センターとの連携イメージ」
今後の展望
《はじめに》
高齢者が今後いっそう増加する超高齢化社会をむかえるにあたり、筆者が所属する県組合では、社会貢献事業として『組織的な訪問理容サービスのシステム構築事業』に取り組んだ。これは来店が困難になられた地域のお客様に対し、各店で対応している訪問理容を組合の組織力で、幅広く長期にわたって継続するためのシステムだ。いくら訪問理容が社会から求められていると分かっていても、理容師自身の高齢化や人手不足などによる日程調整の難しさから需要に応えられないケースがある。このような場合に、組合員同士で協力し、相互に助け合う事で、訪問理容の依頼を断らず、地域のお客様の衛生的で快適な生活を確保するのが目的だ。
また、このシステムが構築されたことで、厚生労働省が推進する「地域包括ケアシステム」との連携もますます可能となり、更に組合の組織力が活かされると筆者は考えている。
《組織的なシステム構築事業について》
県組合の組織力で、幅広く長期にわたって訪問理容サービスを継続するためには、若者も含め、できるだけ多くの理容師が参加できるシステムを創る必要がある。
事業を始めるにあたり、まず現状を把握する為に、全組合員店にアンケート調査を依頼した。訪問理容サービスに関するアンケートの内容は、「訪問理容サービス実施の有無」や「受付方法」、「実際に実施していて困ったこと」、「実施に至らない理由」、「組合組織で訪問理容サービスのシステム構築を行う事に対する要望」などだ。
集計結果からは、「お客様に対する周知不足」や「受付時の情報不足による現場での不都合」「理容師の高齢化・人手不足・経験不足が理由で対応できない」などの問題点を読み取る事ができた。なお、各設問の集計結果に対する考察は、資料①にて、詳細に説明しているので、参照して頂きたい。
アンケートの集計結果を考察し、お客様への周知を目的に「ポスター・チラシ・ホームページ」を、情報不足を防ぐために「訪問理容サービス受付表」を作成した。
「ポスター・チラシ・受付表」は、各店に配布した。自店では、チラシを見たお客様から「ウチのおじいちゃんが来られなくなったら来てくれるの!?安心やわ~」「この店の誰かが来てくれるんやったら、安心や!!」と言っていただけるようになった。やはり店側からの情報発信がなければ、お客様に知っていただけないと痛感した。また自分自身やご家族の老後の心配をされている方が本当に多いので、ポスターやチラシで事前に安心を提供できた点でも、これらは有効であった。
また、すでに訪問理容サービスを実施している組合員店の内、他店申込受付分に対応できる組合員店や訪問理容サービスは実施できないが申込を取り次ぐ事はできると回答した組合員店もあり、組合員同士の協力体制構築が可能であると分かった。そこで新たに作成した「訪問理容サービスのホームページ」は、県組合公式ホームページのトップページからリンクをはり、支部ごとの訪問理容サービス実施店と受付店のリストを掲載した。なお受付表は、ホームページからも印刷できるようにしている。
資料②「訪問福祉サービス ポスター・チラシ」
資料③「訪問福祉サービス受付表」
資料④「訪問福祉サービス ホームページ」
《地域包括ケアシステムとの連携について》
80歳を超えた筆者の両親も病気やケガをきっかけに介護が必要となり、本人らの希望で、在宅介護をする事となった。筆者ら家族にとって、親の介護は初めての事で、不安だらけの状態であったが、退院のめどがたった頃、入院先の病院から地域包括支援センターを紹介された。
地域包括支援センターでは、介護保険制度においてケアマネジメントを実施するケアマネジャー(介護支援専門員)を選び、退院後の在宅介護の相談に乗っていただいた。ケアマネジャーは、要介護者である両親や筆者ら家族の思いを聞き入れながら、ケアプランを立て、様々な介護サービスの手配をしてくれた。もちろん筆者が理容師であるから訪問理美容を手配する必要はなかったのだが、必要な場合はケアマネジャーが手配してくれるとの事であった。
在宅介護で最初の窓口となった地域包括支援センターは、地域の高齢者の総合相談など必要な援助を行い、高齢者の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする場所で、厚生労働省が推進する「地域包括ケアシステム」実現に向けた中核的な機関である。つまり、地域の高齢者の自立生活支援を行い、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けるための様々な相談窓口だ。
一般に、容姿が整えられると、生活にハリが出て、積極的に生きる活力がわいてくるものだ。それが要介護者の場合であればなおさらであり、更にそれによる介護者の負担軽減も期待できる。つまり、排泄や入浴などと同様に、「理美容」もまた生活支援に不可欠なケアであると言えるのだ。だからこそ、この事をケアマネジャーや介護福祉関係者の方々に再認識していただき、もっと積極的に訪問理美容を利用していただきたい、と筆者は望んでいる。そこで、県組合の訪問理容対応可能店の理容師情報を地域包括支援センターに情報提供し、ケアマネジャーにその情報を活用していただけば、組合加盟店という安心感と理容店を探す手間がはぶけ、これまで以上に積極的に利用していただけるはずだ。
《今後の展望》
県組合として、更に多くの組合員店が組織的な訪問理容サービスに理解を深め、協力いただけるよう、講習会や情報交換会を実施するなどのサポートが必要だと考えている。また、美容組合との連携による「組織的な訪問理美容サービス」への取り組みも推進していく必要がある。これにより、利用者の選択肢が増え、利便性が高まるので、更に利用者数や利用回数が増えると期待できる。
自店としては、長年地元で商売をさせていただいている感謝の気持ちを行動で表わさなければならないと考えている。元気な時は、店まで足を運んでくださったお客様が、身体が不自由になるなどで来店が困難になられたなら、今度は我々理容師が行く番である。今後は、組合員の仲間たちと共に、地域のお客様が安心して、笑顔で暮らせるまちづくりのお手伝いをさせていただく所存である。
審査講評
審査委員長 岩田三代(ジャーナリスト)
超高齢社会を迎えた今、訪問理容に取り組む理容店は多いだろう。この論文は、筆者が所属する県組合による組織的な取り組みの報告だ。個人の活動や提言が多い論文の中でやや異色ではあったが、論文としての完成度は高く、これから取り組もうとしている他組合の参考になると判断した。
「組合としてできるだけ多くの理容師に参加してもらう」ために、まず行ったのがアンケート調査。それに基づきポスターやホームページを作り、受付表を工夫するなどの取り組みが大変わかりやすく説明されている。資料として付されているアンケートの考察やポスター・チラシも、理解を助けてくれる。審査委員8人のうち3人が1位に押し、他の審査委員も高評価が目立った。組織をあげて時代のニーズに向き合い、自分たちにできることを地に足の着いた形で行おうとしている姿勢が伝わってきた結果だろう。理容業は生業でありながら、地域の人たちの生活を支える役割も担う。存在意義をもう一度考えさせる論文でもあった。