組合のスケールメリットの活かし方
佐々木隆一(青森県組合)
理容業界が縮小、そして自然淘汰されていく。とても悲しく、さびしく、とても嫌な思いです。
私は四十五歳、男性理容師。
祖父の代から引き継いだ三代目。
代々、理容組合に所属し家族経営に毛が生えた程度の経営規模で昨今のデフレの波に揉まれに揉まれながら、年々右肩下がりの数字と日々奮闘し続けています。
幼少時代から祖父母や両親に「長男は跡継ぎ」と言われ育った私は当たり前のようにこの業界に入り込みました。
小学生の頃は祖父母から「大きくなったら何になる?」との問いに「床屋になる!」と答えると頭をなでて喜んでくれました。
自分の中でその人達が喜ぶことをする事が自分にとっても家族みんなにとっても良い事なんだと認識するようになっていました。
高校二年の頃、いよいよ最終的に進路決定しなければならない時期にさしかかった時、そこで始めて父親に「自分の好きな道に進んでいい」と言われました。
美術系大学・メンズファッション専門学校・理容専門学校と三つの希望がありましたが、何しろ将来不安というプレッシャーに弱い私は独立した道に進みきれずに代々家系の道筋どおりに理容専門学校進学を選択したのです。
そして現在、私には高校一年男子を筆頭に計三人の子供に恵まれていますが「長男は跡継ぎ」のセリフをこれまでに口にした事はありません。
なぜそう言わないのだろう?
きっと、将来不安からそれを口にできないでいるのかもしれません。
もっと安心して後継者やスタッフを雇用できる環境と職場にならなければいけない事。
そして入りたての新人から経営者までが豊かな生活を手に入れられる業界・職業・お店に今の自分が築かなければならないという使命感からかもしれません。
ただ、現状がそこに至らない事を後悔しても仕方ありません。
それは社会のせいでも誰かのせいでも無く、自分自身がまだ至らないだけですから。
これからでもいいから変わってみる。変わっていく。時代の変化に伴って自分たちの意識や商品(技術)も変えていく。
週四十時間労働が導入できて、終身雇用ができて、ボーナスや退職金まで用意できて、もちろん自分を高める為の勉強も忘れないけど充実した休日もしっかりある事で豊かな生活と感性が養われていく。
そんなお店や業界が作られたら理容師になりたい人達が後を絶たないはずです。
ただ、私たち小規模経営の個人店の多くはお店の衰退停止を後継者に依存する体質が強く、それでは長期的に繁栄を続けるには浮き沈みの波があり過ぎるのではないでしょうか?
現在の経営者とその子供とでは年齢のギャップが二~三十歳ほどある訳ですからその後継者が育つのを待つにはあまりにも長すぎます。
その間にひと山もふた山作れるような仕組みや仕掛けが必要なのです。
そこを沈まないように上手く繋いでくれる人材こそが長期的に安定した経営には必要なのです。
さて、「美容室への男性客の流出」はもはや解決しがたい過去の問題として、むしろ最近は大手激安理美容チェーン店が全国的に幅を利かせ、地方の小さな都市にもめずらしくない光景になってきています。
そちらの影響のほうがだいぶ大きく、不況という世の中と乱立する激安店達といかに戦うかが最大の課題になっていると思います。
専門学校の理容科入学者激減の危機、後継者依存の体質改善、理容業の魅力アップを図り高卒者を業界に誘導する等の施策はあれどそれらが直結して具体的成果が上がるまではどれだけの時間がかかるのでしょう?
数年?それとも十年先?
そうしている間に他業種に比べ技術者平均年齢の異常とも言えるくらい高い理容業界はいつの間にか街角から一件、そしてまた一件と姿を消している事になってしまうのではと危惧します。
十年後にはコンビニエンスストアの件数を上回っていたはずの街のサインポールが激減し、気が付けば郊外に広がった気の利いた美容室と大型激安理美容チェーン店だけになっている事を創造するとぞっとします。
ある組合加盟店のご夫婦二名のお店は営業不振の為廃業し、全国チェーンの激安店に技術者として就職した例もあります。
なんとそこでの給与のほうが今までの自分たちの年収を上回る結果になっているとか。
そんな組合店の減り方も実際にあるのでしょうか?
自分たちの営業力ではどうにもならなかったのでしょうか?
組合員として、なんとも複雑で悲しい気持ちになります。
技術が悪い訳ではなく、活かし方が悪いのか?経営力の差なのか?
いずれにしても大きな課題であることは間違いありません。
我々組合員が学ぶべきところはもう少し違う方向のベクトルのような気がします。
私たちの理容業は他業種にはあまり類をみないワントゥーワンマーケット市場。
一人の顧客と長時間にわたり接遇できるという特殊性を持っています。
それをフルに活かす事が異業種はもとより同業他社にも打ち勝つことのできる残された方法ではないかと思います。
そして行き着くところは結局「いい人」、「いい人材」。
魅力的な人間が上質な接遇をする事で組合店の平均的な技術料金を上回る価値創造ができると思います。
そうする事で激安店との違いを明確にお客様にお伝えする事ができ、それを十分に理解して頂ける事に自然と繋がります。
将来展望として業界に入りたての新人を育て上げる事はとても大事でいい事ですが、何しろ長い時間と労力がかかってしまいますし、規模の小さい個人店が各店でその作業をしていく事はなかなか難しいのが現状です。
スケールの大きい対戦相手と戦うには個人店を集結した組合支部や都道府県レベルでの規模を活かせれば負けない仕組みが作り出せると思います。
たとえば新人教育やスタッフ教育にしてもレベルの高いもの、費用のかかるものを集結するからこそ個人店のエネルギーを軽くより大きな成果を生み出せるでしょう。
個人店の体力が加速度的に落ち込まないうちに、いち早くいい人材を時間と労力をかけずに配置できたら良いと思いませんか?
私もこの件につきましてはここ何年も悩み試行錯誤を繰り返してまいりました。
そして良いヒントが見つかってきました。
実は良い人材は極めて近くにいたんだという事です。
全国の皆さんのそばにもたくさんいらっしゃいます。
「元理容師」と言う肩書きの人たちです。
結婚や出産などを期に一度現場から離れてしまった「元理容師」さん。
環境が変わり、また現場に復帰したいと言う思いの方もたくさんいらっしゃいます。
その方達はすでに経験豊富な人材ですから再教育にそれほど時間はかかりません。
即戦力として最前線で戦ってくれます。
ところがここで障害になるのが労働時間帯の問題。
何しろ小さな子供を抱えているので保育所などに預けている時間帯しか働く事ができないという事で希望の労働時間帯は平日の午後5時までとプラス土曜日。
私たちサービス業としての繁忙時間帯にうまく条件が重ならないという事が一番の問題点に。
今までハローワークなどに求人応募を出し続けてましたが、なかなか応募者が無く困っていました。
お知り合いの同業の方からお聞きしたのですが、求人の出し方をフルタイムオンリーからパートタイムに変更したら何人もの応募が急に広がったとのお話を聞き私もそうしてみる事にしました。
まさに想定外の求人法でした。
田舎の地方都市からさらに離れた田舎町では、フルタイムの条件で募集し続けていても理容師不足の昨今では応募があるはずがないという理解を自分の中でする事ができました。
このような働きたい側の条件に見合った雇用体制が整っていなかったというお店側の問題も大きな要因だったと反省しています。
結果的には地域性もあるのかハローワークからの紹介はなかなか無く、知人からの紹介などでパートの採用をたいむしていますが…。
やはりフルタイムでなければ働けるという人はたくさんいます。
彼女らの一番の問題は子供の保育です。
全ては小さい子供を安心して預けられる場さえあれば解決なんです。
その為に、個人店規模の組合サロンでは保育士ひとり雇うことは難しすぎる問題ではないでしょうか?
これを組合の支部単位またはその枠にとらわれない範囲で考えられたらその地域で新たな人材確保が容易にできていくと思います。
そうなればパートタイムのつもりがフルタイムに近い労働の仕方が自然とできるようになってきます。
現在私どものサロンではパートスタッフ三名がシフトを組んでうまく切り盛りしておりますが、できれば時間にとらわれないサービスを提供できる人材がそろっているに越したことはありません。
保育士を組合で確保するのか、すでに存在する施設に委託するかはその状況に合わせて勧められれば良いと思います。
理容室のお客様はほとんどが男性客。
その年齢層も今では少子化の影響もあり団塊世代とそのジュニア世代の三十代から六十代がボリュームゾーンでしょう。
今の日本の生産人口の大半を占める層の方々に「上級の癒し」や「ほっとする時間」を与えることができるのはむしろ男性スタッフよりも女性スタッフの力が大きく、はるかに近道であることを考える時が来ていると思います。
そんな女性スタッフが気持ちの良い笑顔でお出迎えしてくれる理容室には行きたくない理由など見つかりません。
近い将来「行きたいお店」、「行って見たいお店」ランキングの上位に「ウチの近所の床屋さん」が食い込んでくるのも夢ではないと思います。
今こそそんな女性スタッフの力を活かして業界を活性化、差別化して今までの「モノ」や「技術」の提供に加え「心」や「体験」を提供できたら「行きたい理容室」が自然と構築されてくるはずです。
個人的な見解で申し訳ありませんが、政治的な旬な話題の中でこども手当があります。
実は私も恩恵を受ける立場にありますが、何かが違うと思っています。
保育所や幼稚園の費用負担を減らして頂けたり、日曜日や夜の保育時間を延長してもらえるほうが働きたい女性には好都合です。
理容室に限らず雇用拡大、消費拡大、少子化問題など解決の方向に近づいていけるような気がします。
最後に自分自身理容師としてこれからも生きていく覚悟を決めていますし、理容業のイメージが我々の思うところとはかけ離れた方向で世間一般から受け止められていたり、社会的地位が低く見られがちだったり、業界が縮小傾向に向かっていたりすることが許せませんし居たたまれない気持ちです。
最終的には組合依存ではなく、まずは自分で動き出さなければならないし、ある程度の結果も出しながら後悔しない方向へと向かって生きたいと思います。
あと一年後には私の長男も、私があの時進路決定で悩んだ時期にさしかかってきます。
その時に私は息子に父親として良きアドバイスをしてあげなければいけません。
「理容師も悪くないぜ」と。