平成21年度業界振興論文・最優秀賞

高齢化社会に向けた理容業における営業活動について

糸田泰典(和歌山県組合)

 

【序論】

 私達の支部は、1市5町で人口約7万人の年間を通して温暖な気候で農業、漁業が盛んな土地にある。
 平成20年3月末日の支部員数は72名で平均年齢は63歳。過去最大となった平成元年当時の支部員数は122名で平均年齢は54歳。ここ20年間で支部員数は4割程度減少し、平均年齢は9歳高くなっている。加えて支部員の高齢化に伴う廃業や低料金が売りの大衆理容店の進出、都市部への若者の流出や少子高齢化などによって地域人口の減少に拍車がかかり、経営状況はより厳しさを増してきている。
 このような状況の中にあって当支部では加盟店が一丸となり、「高齢化社会における顧客ニーズへの対応」をどうしていくのかが緊急の課題となり、地域とのつながりを深め、組合の発展につなげるべく生き残りの道を模索している。
   本論ではケア理容師資格を活用した介護福祉施設への営業展開を基に、高齢化社会における理容業の営業活動の方向性を示す。

【本論】

 当支部では、昭和50年頃から30余年にわたり、管内の病院に入院している重症心身障害者(児)約160人を対象に、盆と正月の年2回ではあるが無償ボランティアで訪問理容サービスを行ってきた。
   入院患者は、①重度の知的障害で常時複雑な介護を必要とされる人 ②重度の知的障害と重度の身体障害が重複している人 ③重度の肢体不自由で、両上肢・両下肢とも機能が失われ、座っていることすら困難な障害があり、その症状は寝たきり・多動・他者との意思疎通も難しいといった人であった。
   そのため、椅子に座っていることすら困難で散髪することができない人もおり、その場合は、ストレッチャーに寝たままでの散髪を余儀なくされていた。
   入院患者に対する理容サービスは、店で行う通常のサービスとは異なり、非常に神経を使うものであった。ボランティアを始めた頃は、支部員たちも理容師としての知識や技術はあるものの、重度の障害を抱えた入院患者に対する介護や介助といった知識も経験も全くなかった為、どのような対応をすれば安心で安全な理容サービスを提供できるのか試行錯誤の連続であった。
   平成12年4月、これからの高齢化社会を支えていく為に介護保険法が施行された。それに伴い、理容業界においても高齢者や障害者に安全で快適な理容サービスを提供するために理容技術だけではなく、お客様の身体状況や障害の特性に応じた対応をするための知識や技術が必要不可欠となった。
   そんな中、平成15年には全国理容生活衛生同業組合連合会と社団法人シルバーサービス振興会が「ケア理容師養成研修」制度を確立した。これを期に、県内においては平成20年度までに2度のケア理容師養成研修が実施され、当支部では75名のうち18名が資格を取得した。しかしながら、その取得状況は支部員4人に1人の割合であり、支部内におけるケア理容師資格取得への関心を高めていくことが当面の課題である。
   このことは、重症心身障害者(児)施設へ長年にわたり理容ボランティアを行ってきた経験からも非常に重要な事である。実際に資格を取得した支部員からも「体の不自由なお客様に椅子から移動してもらう際のコツなどが解り、お客様にリラックスして頂けたことで積極的に接客できるようになり、理論を学ぶことの大切さを実感した。」等の感想が寄せられている。このように、当支部が試行錯誤しながら続けてきた理容ボランティアサービスであるが、高齢化社会の時代を迎えて「ケア理容師養成研修」という制度ができ、より多くのケア理容を必要とする人々に広まることとなった。
   平成18年4月、障害者自立支援法(以下「支援法」という)が施行された。支援法の目的は、①障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活または社会生活を営むことができるよう必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行うこと。②障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず住民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らす事のできる地域社会の実現に寄与することである。
   この支援法が施行されるまで、当支部が行ってきた理容サービスは、男性はほとんどが丸刈り、女性もできるだけ短いスタイルにカットしていた。               
   しかし、これは利用者である障害者(児)の意思・要望に反し、介護する側の都合を重視していることと、年に2回しかない理容サービスである為、できるだけ短くしておいた方が良いという介護する側の思い込みからであった。
   さらに支援法の施行を目前に控えた平成17年1月、病院側から「入院患者の調髪は、できるだけ短くカットするのではなく、これからはより一層個人の意思を尊重すべきであると考え、入院患者1人につき希望すれば2ヶ月に1回は散髪を実施できるようにして頂きたい。」との要望があった。
   この要望は当支部が30年来続けてきた奉仕活動が見直すべき時期に来ていること、同時に新たな顧客ニーズが生まれたことを意味していた。
 各店の通常営業に加え、新たな顧客ニーズに対する取り組み方を病院側と支部とで検討した。①病院での訪問理容は休業日である毎週月曜日の午後1時から3時(施設の入浴時間は3時から)とする。②入所者の安心・安全を考えケア理容師資格を有する支部員でなければ参加することができないようにする。③料金は長年続けてきた奉仕の精神から通常料金の半額以下ではあるが有料化とする。④個人情報の保護や万が一の場合の賠償責任等について明確にする。以上を詳細に明文化した「入院患者調髪業務委託契約」を病院と当支部との間で締結した。その結果、訪問理容を有料化したことで、平成18年度における当支部内の売上げは月間約80人で約16万円、年間延べ960人で約200万円の増収につながり新たな顧客層が生まれた。
   病院への訪問理容は、当支部のケア理容師18人を4つの班に編成してローテーションする為、月1回は順番が廻ってくる。これまで休業日としていた日に月1回活動することにより、ひとり当たり1ヶ月約1万円、年間で約12万円の増収となった。
   このように「入院患者調髪業務委託契約」の締結により、新たな顧客ニーズを生み出すことができたことから、ケア理容師資格をより活用し、更なる営業展開ができないものか検討した。
   当支部管内には、特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、老人保健施設等の入所介護施設が11施設あり、入所者は約700人、通所介護事業所の利用者は1日約300人である。これらの介護施設利用者を新たな顧客とし、病院でのケア理容と同様の条件で1人あたりの散髪周期を2ヶ月に1回、料金を2000円(カットのみ)で試算した結果、最大で月500人、年間延べ6000人となり、売上げにすると月約100万円、年間約1200万円の需要が見込める計算となった。
   平成18年11月、これら全施設を対象に当支部がケア理容について営業活動を展開した結果、8施設からの依頼があり、同年12月、当該施設と業務委託契約を締結し業務を開始した。
   8施設における入所者は約310人、通所者は1日約230人であり、月540人が施設を利用していた。散髪周期を2ヶ月に1回とすると、新規需要見込みは最大で月270人、年間延べ3240人となる。しかしながら、訪問理容の開始から平成18年度末までは利用者が徐々に増加したものの、平成19年度当初からは月155人から175人とほぼ横這いでの推移となった。
   しかし、平成19年度における営業実績としては月平均166人、年間利用者数約2000人という結果で、約330人の新規需要が生まれた。新規利用者の内訳は、入所者が約270人で8割、通所者が約60人で2割程度。当支部における売上げは、年間約400万円の増収となった。

【考察】

   平成18年度における病院での訪問理容の有料化は、当支部において延べ960人、年間売上げ約200万円の増収となり今までに無い新たな顧客を生み出した。
   一方、平成19年度における介護施設での訪問理容の利用者は330人(入所者が8割通所者が2割程度)であり、入所者約270人については新たな顧客であるが、通所者60人の内の約4割にあたる26人は、従来の来店理容から訪問理容にシフトしたものであった。
   これは、来店理容料金と訪問理容料金の差額から考えると、調髪回数を年6回として計算すると約39万円の減収となり、当支部における平成19年度年間売上げの純増は約360万円であったと考えられる。
   また、訪問理容の新規利用者330人については、入所者が約270人、通所者が約60人であったことから、8施設における入所及び通所者から考えると入所者310人中9割程度が訪問理容を利用したことになる。しかし、通所者については230人中、訪問理容を利用したのは60人であり、通所者全体の約2割に留まった。
   通所者については入所者ほど介護度が高くないため、従来どおり来店理容の割合が高いと言える。
   平成19年度の実績では入所者の9割近くは新規需要につながったが、通所者については来店理容から訪問理容へシフトする割合が高くなったため、理容料金の差額分が売上げ減少となった。
   以上のことから、高齢化社会に向けた理容業における営業活動は、入所介護施設における新規顧客の確保が非常に重要になる。加えて現状の訪問理容ではカットのみの利用者が多くなっているため、顔剃りや洗髪等の付加サービスを提供することにより、更なる売上げ増が見込める。
   現在、高齢者の施設入通所者の男女比率は男性が約2割で、8割は女性が占めており、高齢になればこの比率はますます広がっていく傾向にある。
   「女性は年齢に関わらず『美』を求めている」との施設職員の声も聞かれるが私も同感である。
   そこで、施設内において女性を対象とした集いの場「おしゃれ倶楽部(仮名称)」を設け、全理連の営業支援策でもあるエステシェービングやリフトアップなどを低額設定でメニュー化し、最後に簡単なメイク仕上げまで行なうことで女性に喜びと感動を与えることができ、次なる営業展開に発展していくと考えられる。
   また、各地域の老人クラブ等にも出向き、同様に営業展開することで増収が見込める。
   21年度全国理容連合会衛生順守運動のテーマの一つである「認知症サポーター」講習会なども受講して有効に使えれば、より一層手厚い福祉理容業務に進化できるものと考えられる。
   理容業は外に目を向ければ、まだまだ多岐に亘り未開拓の営業場所があると私は感じている。
   今、全国理容生活衛生同業組合連合会は75848店舗(平成21年1月現在)が加盟している組織であるが、その中でケア理容師の資格取得者数は約4200名である。
   しかし、残念なことにその資格を持ちながらも有効活用できていない人は少なくない。
   このような現状を踏まえ、今後ますます高齢化社会となりつつある我が国の現状において、老人介護の諸問題はその重要性が大きくなってくるであろう。核家族化が進み、今後も高齢者向け施設の需要が更に高まると考えられ、入居者に向けたサービスの充実に対しても果たすべき役割は大きいと思われる。また、増加傾向にある一人住まいや老々介護といった状況に置かれている高齢者への理容師の積極的なアプローチも益々必要になってくると考えられる。
   今までの理容業は「待ちの仕事」と言われてきたが、これからは「攻めの営業」の展開も必要な時期に来ている。そこで、個人では限界が生じてくる部分を支部等、組織的にカバーするバックアップ体制を整えた上で幅広い営業方針の模索が必要な時期、転換期にあるのではないだろうか。

【結論】

   これまで、高齢化社会に向けた理容業の営業活動について述べてきたが、売上げ等をやや機械的に試算し、新規顧客の確保に努めているのではないかと私自身がジレンマに陥る面もあった。
   しかし、私は様々な人生を経てきた高齢者にこそ、平穏で快適な日々を過ごしていただきたいと考えている。何かと不自由な生活環境の中で暮らしている高齢者のプライドを守り快適に生活して頂く為のお手伝いをすることは、私達にとって重要な社会的役割の一つであると考える。
   私達も初心に帰り、当組合がボランティアとして活動していた頃の精神を忘れずに社会的責任(CSR)を果たしたい。さらに理容という業(仕事)を通じて心ふれあうことで喜びや感動を与えられ、笑顔で生き生きと過ごして頂く為のお手伝いができるハートフルな理容師として地域社会へも貢献していきたい。
   「待ちの仕事」から「攻めの営業」へと戦略転換することで、高齢者への快適生活の提供に貢献するとともに、売上げアップに繋がることを実証してきた。本論で取り上げたこの田舎町での小さな取り組みが、やがて大きなアクションへの一歩となることを期待したい。
   最後に、歴史上の文化はいつも「若者達」によって改革されて来たと言われている。
 私のような若輩者でも、この論文により微力ながら理容業界発展の為に貢献できれば幸いである。

 

審査講評
審査委員長 尾﨑  雄 (生活福祉ジャーナリスト)

 全理連本部が平成15年から開始した「ケア理容師養成研修」に呼応して高齢社会の理容市場開拓に取り組んできた支部の実践レポート。この支部は、昭和50年ごろから、入院している重症の心身障害者や障害児にボランティアで訪問理容サービス提供してきた。有志18人がケア理容師研修を受けたのをきっかけに特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、老人保健施設など8施設と業務委託契約を結んで本格的に訪問理容活動に踏み切った。ボランティアではなく、今後、確実に拡大する要介護高齢者の理容ニーズを新たな市場として位置づけ、「待ちの仕事」だった理容を、地域にうって出るかっこうでとらえる「攻めの営業」に転じた。
 個店では限界のある高齢者市場を支部の組織力を生かして開拓する。その視点は、時代の転換期ならでは。ボランティア活動をCSR(企業の社会的責任)の実践に脱皮させ、地域福祉ビジネスとして産業化を目指す進化のプロセスには学ぶべき点が多い。

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